みなさんこんにちは。ぴえにです。
ドキドキトキメキのバレンタインも終わってしまいましたね。
本命チョコをあげた人も、義理チョコだという口実で好きな人にチョコを上げた人も…
素敵なバレンタインは過ごせましたか?
なんて。
そんなことはどうでもいいんだよ!
題名にある通りなんですが、
ぴえに、情報局にペイジーしたってよ。
ウケるwwww(ウケない)
絶対1年前の自分に言っても信じてもらえないwww
10年前の自分なんて聞いたら泡拭いて倒れるwww
いや。
本当に。
まさか自分がジュニア情報局にペイジーする日がくるなんて思ってもいなかったんです。
というか、ジュニアだけは絶対にハマらないと思ってたんです。
(もっと言うとJUMPに沼落ちする日が来るとも思っていなかったよ!)
気がつけばジャニヲタ人生も10年を迎え…
いい機会ですし、これまでの人生を振り返ってみようかな、なんてことで。
今回は完全にわたしの主観でお送りする「わたしのジャニヲタ自伝」を語ってみようと思います。
もう一回言うけど、わたしの主観で語る自伝なので、批判的なことや該当担には不快感を与えるようなことを書いてしまうかもしれません。自衛してね。
ふと、疑問に思うことがある。
「自我」が芽生えたのはいつだろうか。
私の一番古い記憶は3歳頃の記憶だが、果たしてその頃の私には「自我」が存在していたのだろうか。
1年、また1年と歳を重ね、気がつけば幼稚園に入園し
そしてまたあっという間に「さよならぼくたちのようちえん」を歌って卒園した。
「この次遊びに来るときはランドセルの1年生」と歌っていた6歳の私に、
卒園式の朝、母に「はしゃいでタイツ破らないでよ!」と釘を刺された直後に
車止めブロックに躓いてすっころんで膝小僧から血を流したあの時の私に、
果たして自我は存在していたのだろうか。
たくさんの「思い出」と「記憶」は存在しているのだが、そこに自分の意志があったのかは明確ではない。
いつから私は、自分の意志を持ち始めたのだろう。
いつから私は、自分の考えを認識できるようになったのだろう。
ここでふと、ある考えにたどり着く。
私に自我が芽生えたのは、ジャニーズの世界に足を踏み入れたその時からではないかと。
つまり。
ジャニヲタとしての目覚め=自我の芽生え
なのではないかと。
私が人生で初めて認識したジャニーズは、松本潤だ。
母が夜な夜なこっそり見ていた不良ドラマに出ていた怖い人。
ただそんなイメージなだけであって、当時の私には「ジャニーズ」というものが何なのかもよく理解していなかった。
次に私の人生に「ジャニーズ」が登場するのは亀梨和也と赤西仁である。
これまた母が夜な夜なこっそり見ていた不良ドラマの主演2人で、
わたしも「早く寝なさい」と母に怒られつつも一緒になってドラマに夢中になっていたごくせんユーザーだ。
それはクラスの女子から見ても例外ではなく、クラス内では「亀梨派」と「赤西派」で派閥が生まれた。
ただし、2人ともごくせん内の不良キャラということで共通点も多くあり、
この派閥争いはそこまで大きな抗争に発展はしなかった。
お互いがお互いの担当を尊重し合うような部分も垣間見えた。
しかし、この後クラスの女子たちは血の海を見ることになる。
みなさんもよくご存じであろう、
「第一次亀と山P戦争」だ。
(※2017年、めでたく2人が再結成してくれたのでここではこの抗争を「第一次」と命名することにした)
ジャニヲタ必修科目とも呼べるであろう名ドラマ、「野ブタ。をプロデュース」の主演2人、亀梨和也と山下智久。
クラスの女子たちは「亀派」と「山P派」で分断され、それはそれは血で血を洗うような激しい戦いが繰り広げられた。
当時、そこまでテレビっ子でもなかった私ですら主題歌は空で歌えたし、
なんならこのドラマを見て育った子どもたちは今でも歌詞を見ずに1番くらいなら歌えてしまうと思う。
わたしが「ジャニーズ」という概念を理解したのもこの頃だった。
今振り返ってみると、この時期はジャニーズの誇る名作ドラマが溢れかえっている。
調べてやっと気づいたけど、野ブタと同じクールで花男やってたんだよ!?!?信じられる!?!?!
もちろん今でもジャニーズのドラマは放送されているが、ここまで社会現状的な「アタリ」ドラマが連発されていた時代とは別物である。
そう思うと、いまの時代よりも、「ジャニーズ」という存在がより一般的だったように感じる。
クラスの女子が亀派か山P派かで分断されるくらい、それほどジャニーズがポピュラーだったのだ。
しかし、私はここからすぐにジャニヲタとしての目覚めを迎えるわけではない。
花男1はリアルタイムでは見ていないし、残念ながらプロポーズ大作戦も再放送で鑑賞した。
私が「自担」という概念を認識したのは、
2008年だと思う。
ジャニーズのようにジャニヲタデビュー会見なんてしないし
正確な日付なんて分かりもしないが、確実にこれだけは言える。
私は、One Loveを歌う
櫻井翔(王子様)に堕ちたのだ。
もちろん、これより前から嵐のことは知っていたし
なんとなく「かっこいいな~」と思って見ていた。
というか、クラスの女子の嵐担率がすごかった。
この2008年~2009年にかけての嵐の人気はすさまじいもので、
クラスの女子全員が嵐が好きだったと言っても過言ではない。
「嵐好き?」ではなくて、
「嵐の中で誰が好き?」と問われる時代だ。
「老若男女問わず嵐が好きである」という前提が確かにそこには存在した。
そんな中でわたしは「う~~~ん、みんなかっこいいからな~」と言葉を濁してきたが
胸にコサージュを付けた白いスーツで百年先も愛を誓う櫻井翔を見てしまったその瞬間から
電撃ショックを食らったような強い衝撃受けた。
王子様やん!!!
絵本!?!?絵本の中から出てきた!?!?!?
ディズニー!?!?ディズニープリンス!?!?
ママーーーーー!!!
わたしこの人と結婚しゅるッ!!!!!!!
と、いう経緯で。
ホイホイとジャニヲタデビューを果たし、私に自我が芽生えたのだ。
マジで恐ろしいんだけど、ジャニヲタになる前の自分が何を楽しみに生きてたのかも覚えてないし
むしろ何が好きだったのかも覚えてないし、ただただ毎日学校行ってたことしか覚えてないんだよね!?
怖くね!?やっぱりジャニヲタ人生スタート=自我の芽生え説が濃厚ジャン!?
まあ嵐担になってからの話をすると長くなるからこの部分は割愛させていただくが、
ここからまあそれなりの期間、嵐ヲタをやってきた。
仲良し4人グループのメンバーと担当が被ったからという訳の分からない理由で櫻井担から相葉担に軽率に担降りしたり、にのあいという宇宙の銀河で彷徨ったり。
FCにも入ったし、生まれて初めてコンサートにも行った。
波乱万丈(?)な嵐ヲタ人生を歩んでいく中で、
私はこの状況に慣れてしまったと同時に、新鮮味を感じられなくなってしまったんだと思う。
嵐は国民的トップアイドルグループだ。
反論できる人間はいない。
もちろん私だって、そう思う。
テレビをつけても、彼らを目にしない日はないし
お店のポスター、駅の広告、街のいたるところに彼らは存在する。
毎日毎日放送されるCM、
毎週のレギュラー番組に、毎年発売されるアルバム。ツアー。
もちろんありがたいことだというのは分かっているつもりだったが、わたしはその状況に慣れてしまった。
そこにいるのが当たり前。存在するのが当たり前。
空気のような存在になってしまった。
彼らのことが嫌いになったわけではないし、今でも私の0番目に好きな人は相葉くんだ。
でも、あまりにも多い情報を追いかけることにも疲れてしまったし、
そもそも追いかけなくても次の情報が次々と更新されていくような状況に、私がフェードアウトしていってしまった。
彼らが変わってしまったわけではない。
むしろ、彼らの姿勢は何も変わっていない。
ただ純粋に、私が購買層から外れてしまったのだ。
レギュラー番組も毎週録画してはいるものの、再生することなくゴミ箱行きになり。
シングルを買わなくなり、ファンクラブの更新をやめた。(忘れた)
そんな、ジャニーズとは疎遠になりかけた状況の中で
私が次に落っこちてしまったのが、図書館戦争シリーズである。
というか、オカダ。
色々と精神的にも煮詰まっていて、自暴自棄になっていた時期に
何気なく駆け込んだ映画館で見たのが「図書館戦争 THE LAST MISSION」だった。
ドS鬼教官と年下純粋ピュアワンコの2人の関係性が性癖に刺さった。
まんまと堂上教官にハマり、それまで読んだことなかった原作をTSUTAYAで大人買いし、
「堂上教官かっこいい!」から、中の人にも興味が沸いてきた。
それが岡田准一である。
彼のことは「バンビのことを非常に可愛がっている先輩」「ちょっとヤバい方向に進化している人」という印象でしかなかったが、
何しろ顔が良い。
一言言わせていただきたいが、今でこそゴリゴリの変態妖怪ケツ集めゴリラと化した岡田准一氏だが、
昔の!!!シュッっとしたオカダは!!!
すんげぇかっこいいから!!!
図書館戦争一作目のビジュアルとか心臓鷲掴みにされるから!!!
その流れでアイドル・岡田准一に興味が沸いてきた私は
軽率な気持ちで「V6」を検索ワードに打ち込むことになるのだが、
これが大きな過ちだった。
見事にズブった。
取りあえずきみはペットの主題歌にもなっていたDarlingはサビぐらいなら聞き覚えがあるし、
気軽にPVを再生してみたら、
とんでもねぇブツだった。
岡田准一のビジュアルが良すぎるのだ。
私が責任も取るし保証もするから今すぐ「V6 Darling」で検索をかけてほしい。PVを見てほしい。
こんなブログどうでもいいから早く見ろ。
信じられないビジュアルで岡田准一が台宙をして「割り切れないshotにgoodきてる」と歌っている。
そのはにかみ笑顔にこっちがgoodキテいるから勘弁してほしい。
そこから毎日このDarlingのPVを見てから起き上がるのが私の日課となった上に、見事にアイドル・岡田准一にズブった。沼った。
皆さんもすでにご存じであるかと思うが、岡田准一はV6のメンバー最年少で14歳でデビューしている。
今日のゴリラに至るまでのギャップがすごい。
そしてなによりVクラの布教の上手さは、漁れる動画が山ほど存在していることだと思う。
あまり大きな声では言えないが、一度でいいから全ジャニヲタはにこにこ動画で「なかよしっくす」のタグを検索してみてほしい。
山の数ほどお宝動画を見ることが出来る。
最初は岡田准一目当てで動画を漁っていたものの、
三宅健のアイドル力に虜にされ、
森田剛のギャップに堕ち、
気がつけばカミセントライアングルの呪いにかけられ、
それと対比するようなトニセンの魅力に気づき、
あっという間に坂本さん抱いてマンが製造された。一瞬の出来事である。
まさか自分がV6にズブる日がくるなんて思いもしなかったが、確かに私は昔から落ち着いた大人の魅力に弱く、イケオジ坂本さんにリアコを拗らせるのは、そこまで可能性の低い出来事ではなかった。
また、このころV6は丁度20周年のアニバーサリーイヤーを迎えていて、テレビ露出が多かった時期であったのも、沼落ちに拍車をかけた。
ベストアーティスト2016でメンバー全員でバク転した日には喉から血が出るのではないか思うくらい絶叫してしまった。
バラエティー能力はもちろんのこと、
流石結成20周年の貫禄で、成熟されたパフォーマンスにジャニヲタが惚れないわけがなかった。こんなの不可抗力だ。
そして彼らは、私が無理なく追いかけ続けられるアイドルだった。
空気ではなく、ガソリンとなってくれる存在だった。
と、ここまではまあ想定内(?)のジャニヲタ人生だったのだが、
徐々に運命の歯車が狂い始めることになる。
ここからの私のジャニヲタ人生に大きな影響を及ぼすことになる人物。
それが、妹だ。
人生なにが起こるか分からない。
私のジャニヲタ人生を通して得た教訓である。
妹のことを少し紹介させていただくと、彼女は元々二次元ヲタであり、
小学生の頃からアニメやら声優やらのヲタクをやっていた。
ジャニヲタとアニヲタ。
ジャンルは違えど、同じヲタク同士。
分かり合える部分がなかったわけではないが、やはり彼女とは生きる次元が違う。
次元の壁は地味に厚く、そこまで仲も良くはなかった。
根気強く何年も何年も嵐を布教して、毎晩鬼のように曲を聞かせ
「いまの声相葉くんだから!!」と徹底的に知識をたたき込む個別授業も行ったが
妹がジャニーズになびくことはなった。
(嵐の歌声を判別できるようにはなった)
私がV6に沼って、テレビの前でギャアギャア騒いでいる時も、
生ごみを見るような冷たい目で見降ろしていたのだ。
そんな妹が、突然V6にハマった。
マヤの予言もびっくりの衝撃的な事件である。
重要なことだからもう一度繰り返すが、妹が突然V6にハマった。
一番の身内である妹がジャニーズにハマり、流石同じ血を引く者同士、
お互いの性癖がドンピシャーナで、姉妹でありながら良き理解者へと変貌を遂げた。
この妹との関係性の変化が今日に至るまでのジャニヲタ人生へと大きな影響を及ぼすこととなる。
妹はアニヲタ上がりということもあり、とにかく推しを増やすタイプであった。
そもそもアニメは一年のうちに何クールか放送され、「今期の推しはこれ!」と、どんどん推しアニメが増えていく世界である。
それに加えて妹は収集癖も拗らせたヲタクであり、
とにかく色んなグループに手を出しまくった。
妹の世代的に、周りの友達が様々な若手グループの担当をやっているということも影響しているだろう。
関ジャニ、キンキ、セクゾ…と、とにかく色んなグループに足を突っ込んでいく中で、
妹がJUMPに堕ちた。
友達にJUMP担がいたらしい。
「手を出す」なんて範疇ではなく、完全にズブってしまった。
その報告を聞いた時はまさか妹がJUMPにハマるとは思ってはいなかったので驚きはしたものの、自分には関係ないことだろうと軽く聞き流した。
そもそも私は、JUMPを始めとする若手グループにさらっさら興味がなかったからだ。
(ごめんね)
興味がない、と言うよりは、一方的に偏見の目で見ていた。
遡ること、約10年。
翔くんがまだ痩せてて王子様で、嵐が10周年を迎えた頃の話だ。
先程述べた通り、この時代は「全員嵐が好き」という前提で話が進んでいく時代。
それほど、みんな嵐が好きだった。
プロフィール帳の「好きな芸能人」欄にも、みんな「嵐」と記入していた。
そんな中でも、もちろん例外はいる。
クラスの中で、山田涼介の熱狂的なファンがいた。
毎日山田涼介の下敷きを持ってきては、彼の魅力を永遠と語り続ける熱量の多めのファンだった。
「嵐を好き」と言う子も、「山田涼介を好き」と言う子も、今考えてみると同じジャニヲタというジャンルに振り分けられる人種なのだが、
彼女の熱量は明らかにほかの子たちとは違った。
上手く言えないけど、同じジャニヲタのはずなのに彼女は同じ枠の中にはいなかったし、「熱狂的」のイメージが前面に押し出されていた。
「ヲタク」のイメージが強かった。
そんな経験もあり、若い子特有のギラギラ感というかチャキチャキ感にマイナスイメージを持っていたのだ。
曲中の甘いセリフ♡とか、めっちゃウィンクしてくるのとか、手動腹チラとか、そういう類の。
パンチラと同様、腹チラは狙ってやるものじゃなくて、たまたま意図せず腹が見えるのだからときめくのであって、
手動でスカートめくりあげてたらただの痴女やん!?捕まるで!?それと同じことやで!?なんて、思っていたこともある。
なにしろ、彼らが悪いのではなくて、私が勝手に恥ずかしくなってしまうのだ。
よく胸キュンシチュエーション♡とかで、カメラに向かって甘い台詞を吐く機会なんかがあると思うが、勝手にこっちが照れてしまって発狂して悶えていた。
ラブホリ先輩ほど吹っ切ってやってもらえないと勝手に恥ずかしくなってしまう。我ながらキモイ。
そんな偏見の目を持ってしまっていたため、若い子には興味が沸かなかったのだ。
これだけジャニヲタをやってきたにも関わらず、JUMPメンバーの顔と名前が一致したのもお恥ずかしながらここ2年程。
Hey! Say! JUMPはPOPでHAPPYなトンチキソングを歌っている山田くんwithゆかいな仲間たちのスウィート集団だと思っていた。
MステでChau♯を見た時は成人男性が歌うにはあまりのPOPでHAPPYなトンチ加減に草を生やすどころか敬意を抱いたくらいだ。
そして完全に個人的な話で申し訳なさすぎるのだが、
お昼の放送の時間で真夜中のシャドーボーイが流れてきた時の話だ。
その日のメニューは大好きなレンコンのはさみ揚げだったのを今でも覚えている。
大好きなレンコンのはさみ揚げを最後に残しておこうと、とりあえずその当時はまだ苦手だったギンギンに冷えた牛乳を先に胃袋の中に押し込んでいる時のことだった。
怪しげなイントロが流れた直後に聞こえてきた、何とも前衛的で斬新な歌詞。
「こっち向いてよチェリー そっちじゃないチェリー」
何事かと思った。
自分の聞き間違えかな?とも思った。
チェリーとは。
どういうことだ。
しかもチェリーはこっちを向いてくれないらしい。
ここの時点で相当噴き出しそうだったのだが、この時はまだ疑問の方が勝っていた。
が。その直後。
「あっちこっちにチェリー どっちつかず チェリー」
限界だった。
飲んでいた牛乳を思いっ切り噴き出して、レンコンのはさみ揚げを牛乳まみれにしたし、隣の子の机にまで牛乳を噴射した。
あっちこっちにチェリーとか訳が分からない。
今見るとたいしておもしろいわけではないが、当時の私にはこの歌詞がツボに入ってしまったのだ。
その後も笑いが止まらなくて腹筋をつったし、なにより牛乳を噴き出して周りに笑われたことがあまりにもトラウマすぎて
「絶対このチェリー野郎たちを許さない」という個人的な因縁があった。
つまり、JUMPに対しても最初からマイナス感情を抱いていたのである。
そのため妹がJUMPに堕ちても、たいして興味を抱かなかった。
へぇ。
ぐらいにしか思っていなかったのだ。
しかし、ここで恐ろしいのが、
新米ながらのジャニヲタの底力と
裏切ることの出来ないDNAの力だ。
JUMPに堕ちて以来、毎晩のように妹は自担である薮宏太の画像をしつこく送り付けてきた。
鬱陶しいほどのLINEの通知に、最初は「はいはい」と流していたが
よく見るとすこぶるタイプではないか!
エッ、薮くんかっこいい!?!?
後々考えてみると、24時間テレビの番宣などで嵐にしやがれにJUMPちゃんも出演していたし
薮くんを見るのも初めてではないはずなのに、私はこの時まで彼の魅力を見落としていたのだ。
薮くんめちゃくちゃかっこいい!
私は元々、高身長・小顔・ガリガリの三転拍子の揃った男性が好みであって
薮くんはドンピシャ-ナ、ドンズバタイプだったのだ。
そこから薮宏太に好感を持ち、Hey!Sey!JUMPに興味が沸いたというよりは、薮くん見たさでJUMPの動画を見てみることにした。
しかし。
元々あった若手グループに対する偏見は薄れてはいたものの、消滅したわけではなく。
散々録画してあったベストアーティストやFNS歌謡祭などでも担当グループの部分以外は全部カットしてしまっていた。
漁れる動画は手元にない。
(そしてJUMPはV6のようににこにこ動画にお宝動画が溢れかえっているわけでもない)
そこまで情報収集に対する熱もなかった私は、ウィークエンダーのPVだけは見てみたものの、
お目当ての薮くんがそこまで映っていなかったので、
それ以上追究することもなかったのである。
しかし、神様は残酷である。
沼を覗きに来たジャニヲタを、無傷のまま村に返してくれるほどの慈悲はない。
このタイミングを狙ったかのように、
Fantastic Timeが発売されたのだ。
JUMPをPOPでHAPPYなトンチキ王国の王子様集団だと思っていた私には、かなりの衝撃だった。
か っ こ い い
9人という人数を活かしたフォーメーションダンスに、圧倒された。
身長差がこれだけあるのに、すごく揃って見える。
それは全員が「周りに合わせる」ダンスをしているからで、
ただ腕を前に出す振付だとしても、
身長の低いメンバーは高いメンバーに合わせて上気味に腕を前に出しているし、
高身長メンバーはちっちゃいものクラブに合わせて控えめな動きに収めている。
そんな細かいところにまで気を配って踊るプロ根性にヲタクは軽率に惚れたし、
目まぐるしく変わる、ついていけないほどのフォーメーションの切り替えは
10年やってきて培われた信頼感や阿吽の呼吸、そして何より9人の意地というか、
ダンスを売りにしてきたグループのプライドが垣間見えて、最高にドキドキした。
そしてリアコの薮くんのビジュアルもすこぶる良い。
金髪デコ出し。完全に国を背負う国王である。
完全にノックアウトされた私は、そこから無意識のうちに某チューブで「Hey!Sey!JUMP」と検索してしまい、
いただきハイジャンプとかいう深夜番組でわちゃわちゃ一大事を解決するJUMPの姿を目にしたのだ。
か わ い い
エッ、一応だけどこの子たち成人済みの20代男性よね!?
幼稚園のひよこ組さんたちじゃないんだよね!?
エッ!?シルバニアファミリー!?
っていうかJUMPってこんなバカみたいなことやるタイプだったの!?
優等生イイ子ちゃんのイメージが強かったからまさかハチの糞嗅がされてるなんて思ってもみなかったよ!?
と、それはそれは滑り台を転げ落ちるかのように、真っ逆さまに沼に堕ちた。早かった。
そこから薮くんの天使ショタ期を知り、
やぶひかとかいうこれまたアカンシンメの銀河に頭を突っ込み、
ごくせんの尖っていたお兄ちゃんはおネエキャラだったことを知った。
どうして今現在、圭人担になっているのかは自分でもよく分からないが、
きっかけは多分ベストアーティスト2016だと思う。
この日の圭人くんのビジュアルは、神がかっていた。
もちろん圭人くんはいつだってかっこいいし可愛いし29174625点のビジュアルをたたき出しているのだが、
この日の圭人くんのビジュアルは暴力的だった。
完全にノックアウトされた私はここから岡本圭人くんに興味を持つようになり、
彼の「放っておけない」魅力に虜にされた。
それからJumping carnivalとかいう脳みそを溶かす合法シャブを手に入れ、
この年のカウコンで生の圭人くんを目にし、
気がつけばママになっていた。
圭人くんの魅力を語っていたら日が暮れてしまうため、過去に圭人くんへの母性をぶちまけた記事を読んでいただきたい。
こうして、かつては若手グループに対して偏見の目を持っていた私も、
JUMPちゃんの手にかかって、軽率に若手グループのFC会員になってしまったのである。
その間にも妹はキンキやらセクゾにも手を出していたし、私もTLに流れてくる他G担のツイートを見て、該当グループ以外の魅力にも触れ始めていった。
嵐担をやっていた頃との違いは、やはりTwitterの影響が大きい。
嵐垢も持っていたが、その頃とは比較にならないくらいジャニヲタの語彙力は成長していたし
SNSが広く普及され、人々の生活の一部へと変貌を遂げていた。
そしてなにより、Vクラは掛け持ちヲタが多いと思う。
TLのVクラを見る限り、8割型他Gも掛け持ちしているし、
そして季節を重ねるごとに事務所担へと変貌していく傾向が見受けられる。
そんなTLに囲まれて生活していく中で、私自身も事務所担に片足突っ込むような状況になったし、
年末の音楽番組を編集する際も、担当G以外もとりあえずジャニーズは片っ端から残しておくようになった。
Hey!Sey!JUMPが10周年を迎え、
V6も1年ぶりのツアーを行い、
私も現場に入れて満足し、このままV6とHey!Sey!JUMPを掛け持ちして生きていくのだろうな…と思っていた頃である。
私のジャニヲタ人生は、
そんな一筋縄ではいかなかった。
まさか、まさか自分がここにまで足を踏み入れるなんて、思ってもいなかった。
というかなんなら今でも信じられない。
嘘だろ。誰か嘘って言って。
ジュニア沼にまで、手を出してしまったのだ。
何度も繰り返すが、私は若い子特有のチャキチャキ感が苦手だったし、
なんなら繰り返される連発ウィンク等には
「ひぇ…www」と思っていたくらいだ。
今思うとなんでここまで苦手意識があったのかよく分からないのが、
前世でジュニアに親殺されたのかレベルで割と否定的な感情を持っていたというか…
よく分からない世界だった。
そしてなにより、本人たちよりもヲタクが怖かった。
怖かった、と言うよりは、苦手だった。
私は自分がジャニヲタでありながら、
「ジャニヲタが嫌い」という特殊な考えを持ち合わせており、
自分もジャニヲタのくせに、盛上花冠ドレスとか、大量の団扇をドームの壁に掲げる崇拝集団とか、生首ぶら下げてる女とか、
Twitterのbio欄で「キチガイ注意」とか「〇歳と〇cm差の恋」とか「とびっこさんフォロバ1000%」とか書いてる女がマジで無理。関わりたくない。
という考えを持ち合わせていて、そしてまた私の悪いところでもあるのだが、
これまた偏見で「ジュニア担=若い=私の地雷」というバイアスをかけてしまっていた。
もちろん、ジュニア担の中にも良識を持った素敵なヲタクもいるのは分かっているが、
どうしてもファンの年齢層が低い世界が私的に地雷すぎて、ジュニア自体もよく理解できない世界となっていた。
そんな理由で、この先も絶ッッッッッッッッッッッッッッ対にジュニアだけはハマらないと思っていた。
思っては、いた。
遡ること、昨年11月…マジでジュニアの知識は0(リア友が好きだったからKingは知ってた)だった私は、
軽率な気持ちで、
かーーーなーーーり軽率な気持ちで、
ジュニアの子たちがV6の楽曲を歌ったまとめ動画を某サイトで再生した。
そして
惚れたっ。
マジで自分の尻軽感に笑ってしまうのだが、秒で今までの偏見やらが吹っ飛んだ。
百聞は一見に如かずと言うが、まさにその通りだと思う。
今までの私は、しっかり自分の目で見たこともないのに周りからの情報だけで判断していた。
偏見にまみれた判断を下してしまっていたのだ。
苦手だと思っていたジュニア担たちも、よく考えれば、
ステージの上に乗せられて宗教的な振付をこなさなくてはいけないとは、彼女たちも大変だなと思った。
ジュニア本人もだが、彼女たちもまた、苦労人だなと。
そして、若い子たちがV6の曲を歌うのは、これまた本家とは違った魅力があり、
同じ曲でも魅せ方が違うと、全く違う曲になるのだと新鮮味を感じた。
健ちゃんリスペクトで職権乱用Vクラの向井康二くんや
ノースリーブ衣装でつるぺたな脇を晒しながら愛なんだを歌うナイスショタみっちー、
トラジャの若さ溢れるスパノバだったり、
岸くんのキレキレwillだったり。
沢山のジュニアが、沢山いる先輩グループの中でもV6を選んでくれたのが嬉しかった。
その中でも、一番印象に残ったのが、
SixTONESだった。
SixTONESさんが太陽のあたる場所歌ってて軽率に惚れた
— ぴえに (@pipipieni) 2017年11月13日
というか、太陽の当たる場所は個人的にV6の楽曲の中でもBEST5に入るくらい好きな曲で、
その曲を選んでくれただけで好感度がブチ上がったし、何よりも魅せ方に惚れた。
(あとになって知ったことだが、この日の衣装が私服だと言うんだからこの人たちの自己プロデュース力が恐ろしい)
意外とこの曲、Aメロのキーが低くて歌いにくいと思っていたのだが、それをサラリと歌いこなしてしまったことにもド肝を抜かれたし、
坂本・井ノ原並みの歌唱力ツートップがいるではないか!!!
そしてジュニアの知識が0の私でも、SixTONESはギリギリ認識できたというか、
弟①
弟②
二世
ハーフ
神木隆之介の従兄弟みたいな子
スクール革命の子
と名前と顔は一致していなかったのだが、なんとな~~~く認識はあった。
神木隆之介の従兄弟みたいなお顔の子、歌うまい…
— ぴえに (@pipipieni) 2017年11月13日
今考えると相当失礼な認識なのだが、
他のグループの子たちは顔すら見たことないような子たちばかりだったので、
この時点でギリギリ識別があったのは大きいと思う。
そしてこの時期には「ベストアーティスト2017」が放送され、
JUMP担にとっては苦々しい思い出も詰まっているが、
この放送で中丸先輩の従者としてSixTONESとSnowManが選出されて地上波に登場することになった。
もちろんテレビの前で正座してこの時の放送を見ていた私は、7つの不良演出を真面目に1つ1つ履修していくSixTONESさんに魅了されたのだ。
見た目はかなり厳ついパリピ集団で、すこぶる治安が悪そうなのに!
1つ1つ不良演出をこなしていく律義な姿!!!
これアレだ!!!不良ぶってるけど実は真面目な良い子展開だ!!!ごくせんだ!!!
と、感情が高ぶった挙句、Twitterで一言「すとんずさんヤバい」と呟いただけで
TLのジュニア担から一気に鬼布教を受け、
JAPONICA STYLEとかいうこれまた
ヤバいシャブに出会ってしまい、
気が付けばSixTONESのWikipediaを見ている始末…
覗いた沼は…深かった…
こんなにわかが語るのは申し訳ないので省略させてもらうが、これまたこの6人は結成までのストーリーが胸アツと言うか、少年漫画みのある人たちで、
こんなの好きにならない方が無理。不可能。性癖に刺さった。
こうして絶対ジュニアだけには堕ちないと思っていた女は、
SixTONESという沼というか海に顔から突っ込み窒息死し、
今では各グループで推しを1人選出するという尻軽ビッチへと変貌を遂げたのだ。
とは言っても、まだまだ私はジュニアに関してはペーペーの一年生で、
彼らのことを何も知らなくて、
ファンがどんな感情を抱いてきたのかも知らなくて、
こんな私がジュニア担を名乗っていいのかも複雑だった。
そしてなにより、ジュニアの担当を増やす覚悟が出来ていなかった。
彼らを応援したい。
その気持ちはもちろんある。
しかし、ジュニアを応援するということは、
ただデビュー組の掛け持ちを増やすのとは意味が違ってくると思う。
ジャニーズジュニアは、残酷にも、不安定な立場である。
グループを結成してもいつ解体されるのか分からないし
どんなにそのグループで人気が出たとしても、そのメンバーでデビューできるとも限らない。
実際に今までのデビュー組の裏で、多くのジュニア担が涙を流してきたことも知っているし
華々しいデビューの裏で、表舞台から姿を消した子がいるのも知っている。
私は、果たしてその感情を背負えるのだろうか。
ジュニア担としての宿命と、運命を、全部抱えることができるのだろうか。
私のようなペーペーには、まだそんな大きなものを背負う資格はないのではないか。
そこが悩みだった。
ジュニア情報局に今すぐペイジーしに行きたい気持ちもあったが、
自分にこんな責任を負う資格はまだないと思っていた。
彼らを応援したいけど、
でもジュニア担として生きていく覚悟がまだない。
そんな矛盾に悩まされながら幕開けた2018年。
ついにジャニヲタ10周年アニバーサリーイヤーを迎えた。
自我が芽生えて早10年。
お母さん、娘は上はアラフィフ・下は中学生を応援するクソジャニヲタへと育ちました。
ジュニアのファンクラブに入るかどうか、自分にその責任があるのか、なんて意味の分からない問いに頭を抱えるジャニヲタへと育ってしまいました。
王子様のような櫻井くんに目を輝かせていた少女は、もういません。
そして本日。2018年2月15日。
記念日に疎い私は、全く知らなかったのだが、SixTONESの松村北斗くんの入所日らしい。
なんておめでたい日なんだろう。
彼の記念日を、わたしもお祝いしたい。
北斗くんおめでとうツイを漁るためにも、Twitterを開いた。
TLを遡って、そして何気なく、昨日ニヤニヤしながら開封したジャニヲタ大喜利箱こと、バレンタインポストを覗いてみた。
バレンタインポストは昨日のバレンタインを持って終了し、今日からホワイトデーポストへとバージョンアップされたのだ。
その中で、届いたチョコが、こちら。
「そろそろ好きって認めなよ」
一応確認しておくが、これは北斗くん本人からのメッセージではない。
しかし、今の私には、このチョコが北斗くん本人からなのか、そうでないのかなんて、
どうでもよかった。
だって私は!!!
彼の記念日をお祝いしたかったのだから!!!
全身に鳥肌が立ち、バクバクと狂ったように大きな音を立てる鼓動をBGMに、
手汗でビッチョリの両手で財布とスマホを引っ掴み、郵便局に向かった。
全力疾走しすぎて途中で吐きそうになったし、途中の赤信号で立ち止まった瞬間に毛穴と言う毛穴から汗が噴き出て、春をすっ飛ばして夏がやってきたのかとも錯覚した。
振るえる指先で打ち込む登録情報は、何度も何度も打ち間違えてしまったが、
それでも右手を強く握りしめて、根気よく最後まで打ち込む。
自分でもどうしてここまで緊張しているのかは理解できなかったが、
小刻みに震える指で登録番号を入力し、指定された2640円を振り込んだ。
ついに。
情報局にペイジー
!!!!!!!!!
ぴえに、ペイジーしたってよ!!!
あれほどまでに頭を悩ませていた問題は、たったの2640円で解決してしまった。
あまりにもあっけない終わりだったが、それでも私の心はここ数カ月で一番晴れやかだった。
北斗く~~~~~ん!!!
入所記念日おめでとう!!!!
私もお祝いのつもりでペイジーしました!!!
こんな私のヘソクリが彼のもとに還元されるとは思えないけど、
何はともあれ、私はただキッカケがほしかったのだ。
情報局にペイジーするキッカケが。
10年のジャニヲタ人生を通して得た教訓は、
「人生何が起こるか分からない」
であると先述したが、
まさにこの通りなのである。
ジュニア担の中には、ホワイトデーポストに届けられたチョコの一言で
まさか、10年前の自分に今日の出来事を話しても、決して信じてはくれないと思う。
10年、振り返ってみると、すごく短かった。
一言では片づけられないほど、色々な事があった。
楽しいこと。
嬉しいこと。
辛いこと。
苦しいこと。
しかし、この10年、いつも隣にはジャニーズがいた。
辛いことも、死にたいこともあったけど
でも、それなりに幸せだったなと自慢できる。
人生何が起こるか分からない。
しかし、ジャニーズはいついかなる時も、そこに存在してくれる。
本日新たに掛け持ちを増やしてしまったことによって、さらにヲタ卒からは遠のいた(うえに婚期も遠のいた)気がするが、
この教訓をモットーに、これからもジャニヲタライフを満喫していきたいと思う。
2018年、最初の現場は、ありがたいことに心優しきSixTONESのオンナから横アリ単独に誘っていただいたので、生のSixTONESを目に焼き付けてきます。
果たしてわたしが、誰のオンナになってしまうのか、みなさん見守っていてください。
最後になりますが、
ホワイトデーボックスにチョコを突っ込んだあなた!
責任取って沼の底まで面倒見てくださいね(圧)
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!!